経済・政治・国際のブログ記事

2は6と同じ

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読売新聞より

社保庁改革で呼称変更、「解体・民営化2分割」に

・・・社会保険庁改革を説明する際に使ってきた呼称を、従来の「廃止・解体6分割」から、「解体・民営化2分割」と改めることで合意した。
改革の内容に変化はないが、より実態に合った呼称を使うことで、国民の信頼を回復したいという福田首相の思いを反映した格好だ。・・・

NOという言葉」という記事で書きましたが、
やっぱり、安倍さんは意図的に、わかっていて言っていたんですね。
福田さんの元で、こんなすぐに修正指示が出るんだもの。

亀の甲より、年の功、というやつでしょうか。

あ、そうそう、今日からF1日本GPです。
ハミルトンとライコネンですな。(カーナンバー)

消費税の話

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これからは高齢者が増えます。
医療費や社会的な保証やら、それ+今までのツケやらで、
今まで以上の予算が必要になるとのこと。

でも、ちょっと考えてみてください。

今まで、経済が発展してきたのは、一人一人の労働力が上がったからですか?
4時間しか働かなかった人が、16時間働いて、経済力を4倍にしたとは、誰も考えないでしょう?

経済が発展してきたのは、生産する技術、機械やら、システムやら、科学やら、
そういうものが発展してきたおかげでしょう?
そういう、発展の要素は、消費者がコントロールするものですか?

個人的な研究、発明はあるにしろ、
生産する技術は、企業や、団体が経済に結びつけることによって、
成り立つものだと思いませんか。

なら、消費税を上げて、8時間働いている人を9時間働かせても、
根本的な解決にはなりません。
消費活動が鈍るだけです。疲れるし。

そこは、企業に頑張ってもらって、生産する技術を高めることで、価値の総体を増やして、
より多くの税金を払ってもらうという方が、本筋でしょう。

企業が、生産する技術を高めることをサボって、
労働者から搾取しようとするのは、その場しのぎにしかなりません。
それをやってしまうと、いざ、生産力で勝負、というときに、
人間がついて行かなくなります。

本筋を外すと、未来はキツイぞぉ。

で、未来にビジョンのない消費税増税は反対です。

昔は、政治家が未来を語ったものでしたけどねぇ。

けさの東京新聞に、「テロとの戦い」という言葉を使う国が減ってきた、
との記事がありました。
無自覚に使っているのは日本だけになってきたそうです。

そもそも、テロ、テロリズム、ってどういう意味でしょう。
暴力、犯罪の組織的なやつ、というだけではなく、
語源である「恐怖(テロールTerreur)」を含めて考えないといけません。

「怖がらせて言うことを聞かせること、また、そのための暴力、犯罪」というわけですから、
人の心の中に、恐怖心と組織、団体、主義主張を結びつけることがテロリズムの要件です。
テロリズムにとって、事件、犯罪は手段であって目的では無い、ということですね。
わざわざ、「我々がやりました」と犯行声明を出すのは、そのせいです。

その、人々の心に「恐怖心」を起こさせて、というのがテロリズムの本質だとすると、
「某テロ組織は危ないから、軍隊を出すぞ」と、政府が言うのは、
すでにテロリズムの土俵の上に乗ってしまっていて、
政府自ら国民の恐怖心をあおるようなものです。
この時点で、テロとの戦いに負けています。

アメリカは、イラクのフセイン政府をつぶすことには成功しましたが、
テロとの戦いに何一つ勝っていません。
テロ組織の幹部が何人減ろうが、
「恐怖」が増大すれば、テロ組織の勝ちということになります。

なぜ、アメリカが対テロにこだわるかというと、
一つには(すべてではありません)、テロが「権力」と同じ仕組みで働くからでしょう。
フーコーの権力論を持ち出せば、
「権力は主体の内部から機能する力」であって、
そういう意味では権力とテロルは近親憎悪する兄弟のようなものです。
しかも、テロルは政府、行政組織を必要としないのです。(政府の皮をかぶることはあります)

テロとの戦いは、根本的には、
民主的であること、論理的であること、法のもとに平等であること、から
始めなければならないわけです。

今の日本は、テロと戦えますか?

NOという言葉

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 テレビ新聞などのメディアでは、次期自民党総裁の話題で持ちきりですが、安倍政権の総括は充分にされたのでしょうか。「のど元過ぎれば・・・」風に、何の教訓もなく、おなじことの繰り返しというのでは、あまりに情けなく思います。批判は行くべき方向性を見つけるためにするのであって、異なった意見のものを蹴り落とすためにするのではないはずです。安倍さんがやめたから、おわり、というのでは、批判自体が自分に跳ね返って来てしまいます。批判する方も批判される方も相対化されて、「正しい」という理念が見えてこなくなります。批判すること自体が、不毛な戯れになってしまうわけです。

 具体的な細部に話題を限れば、一番、安倍政権で痛かったのは「主権者であるはずの国民の不在」ということでしょう。ですから、始めに次期総裁選報道ありき、では「なんだ、メディアも同じじゃないか」ということになります。「読者が知りたがっていることだから」「話題性があるから」という理由で、報道するのでしょうが、国民の意思が反映した事がらは、まだ始まっていない政策に対する期待にあるのではなく、現に起こった一連の退陣劇の方にあります。それは、国民自身も意識していないことかもしれません。
 読者、メディア共に「旬」「はやり」だけ追う姿勢が、言説の空洞化を産み、その空洞化の象徴として、空虚な言葉を用いる首相が担がれることになります。
 小泉さんの「三位一体改革」も、言葉にされたことと内容の食い違いで、賛同した地方自治体が煮え湯を飲まされたという話を聞きます。そういうものが、参議院選挙の自民党敗北につながったという分析も聞きました。また「国益」という言葉にしても、「国民の利益」の意味と混同して賛同した国民が、たとえば「御手洗ビジョン」のような方向で不利益を被るというようなことになりかねない状態です。
 安倍さんと小泉さんは「空虚な言葉の光と影」という点でも、直系の総理だったのかもしれません。

 国民が政権に「NO」を突きつけたのは、その「空虚な言葉」そのものに対して、でないかと私は感じています。もしそうであるなら、そこからの脱却の可能性を探ることが、我々が今しなければならないことではないでしょうか。

麻生先生がローゼン麻生なら、
福田先生はドンガバチョ福田でしょう。

ひょっこり出てきて、ガバッと。

民意

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 いつだったか、テレビに出た学者さんが、「日本は民主主義にたいする教育ができなかった」という趣旨のことを発言していました。はじめは、「そんなことぁない」という感じで首を振っていたキャスターも、どういう意味で言っているかを理解すると、話に乗っていきました。
 民主主義とは「民意を察してくれるリーダーを選ぶ」のではなく、「主権者である『私』が政治的に行動する」ということだそうです。たとえば、「自分の意見を政治に反映するために立候補する」それができない人は「同じ意見の政治的な団体を作ったり、所属したり、支えたりする」それもできない人は、「メディアに意見を投稿したり、ブログに書いたりする」などなど。つまり、自分が主体性を持つということなんですね。それが、民主主義の主権者の権利であり、もしかすると義務なのかもしれません。
 日本人は、どうしても「お上に政治をしてもらう」という感覚が抜けませんから、その意味では、民主主義にたいする教育をやってこなかった、という意見にもうなずけます。
 それで、この政治の転換期ですから、ぼちぼち、自分の意見だけでもブログに書いておこうかな、と思ってやっているわけです。ボブ・ディランも「私はあなたのかわりに考えることはできない」と歌っていますし、私は私で考えるだけです。他意はありません。

 安倍総理が入院するそうですが、やはり辞任は健康上の理由が大きかったという他ないようですね。言説と行動と、状況判断と現状の矛盾などが、しわ寄せになって身体に来たという感じでしょうか。それを「小沢代表に党首会談を断られたから」ということにするなら、小沢党首が「はぁ?」となってしまうのも無理はないですね。普通、こういうのを「因縁つける」と言うんじゃないでしょうか。

 あと、新聞などで、「米国内で対日不信感広がる」とありますが、「給油活動ができそうにないから」ではなく、「日本の政治家の言っていることとやってることに隔たりがありすぎるから」、という理由の方が大きいような気がします。
 新聞が情報をどこから取っているかを考えると、正確には「米国与党内で対日不信感を表現」になると思います。でも、ブッシュ政権も支持率低いようですから。それに、「不信感を表現」するのは、政治的な手法で、それを新聞がそのまま載せるのは、客観性に欠けていて、いかがなものかと思います。

世界の目

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BBCで、安倍さん退陣をどう思うか、
コメントを募っているみたいです。

いろんな国の人が書いているようで、
翻訳ソフトを活用して、
頑張って読んでみたいと思います。

ちなみにアドレスは、ここ

http://newsforums.bbc.co.uk/nol/thread.jspa?threadID=7311&&&edition=2&ttl=20070913025555

ガーナの人が、「アフリカのリーダーも、見習うべきだ」と言っていたり、
アメリカの人が、「アベの日本を軍国化する努力は、うれしくない。やめてよかった」と言ってたり。
あくまで、個人個人の意見でしょうけど。

ことごとく、常識を打ち破る人ですね。
まさに、現代日本の象徴的な在り方です(悪い方の・・・)。

罰則がなければ、他の迷惑を顧みないというのは、誰かに似ていませんか。
これが「戦後レジュームからの脱却(逸脱)」になるわけですね。

安倍さんの個人攻撃ではないんですが、
彼の考え方や、在り方が、本人の意志に関わりなく、
象徴的な表現としての役割を負ってしまうんですね。
だからこのブログでは、「安倍さん」という、括弧付きの表現も使いました。

つまり、御輿として担がれるような人は、
担ぎ手の考え方、在り方が、反映されたものになってしまう、
反映されたものでなければ、担ぎ手は見向きもしないし、担ごうと思わない。

それが総理という御輿だと、やっぱり日本社会全体の反映的な意味を持つことになる。
もし、国民が違う形を望んでいたら、福田さんという御輿だったかもしれませんし、
麻生さん、谷垣さん、または、他の誰かだったかもしれません。

たとえば、今までの世の中の流れで、
経団連の御手洗さんのような考え方の人を担ぐ人がいて、
御手洗さんは、また、そういう考え方の人を担いで、
その連鎖が、象徴的な御輿を選んでいくわけです。

その渦中にあって、人として、疲れないでいられるはずもなく、
安倍さんが情けなく見えて、ふてぶてしく見えないのは、
御輿としての役割を担うための器が、小さかったというだけのことかもしれません。
ふてぶてしいくらいの方が、まだ、よかったんですがね。

象徴ですから、悪役がいてもいいんですが、
良いも悪いも、強くないと勤まらない仕事ですね。

でも人はそんなに強くなれない。
あの田中角栄さんも、巻き込まれたあとで、
大変な思いをされたと思います。

社会というものは結構怖い。
だから無責任に、人に強くなれ、なんて言えない。

人は弱いものだというところから自覚していかないと・・・。
その上で、社会システムを作っていくことが肝心でしょう。
人は間違えるもの。

だから、「強い」と思っている人には、気がついて欲しいと思うわけです。
御手洗さんにも、気がついて欲しいな。

思いつくままに書きましたが、
まあ、このブログでなにを書いても新しい情報があるわけでもなし、
このくらいで止めますね。

今、一番面白い話題は安倍内閣なので、今のところ、その話題が多くなっています。
ついでに、いろいろ勉強になるので、有線のニュース解説番組をよく見ます。

一番説得力のある意見では、
安倍総理含め、自民党の国の安全保障に関する考え方が55年体制(米ソ冷戦構造)から、
ぜんぜん進歩がないというものがありました。

価値観外交とか言っているものも、「共産主義の価値観VS自由主義経済の価値観」であって、
中国がいまだに経済でも共産主義であるかのごとく勘違いして、
無駄な外交努力を重ねているとのこと。
インドやオーストラリアには大人の態度で聞き流されて、
アメリカには中国に間違えたメッセージを送らないようにたしなめられて、
それでも、日本の「安倍さん」は気がつかないで、「あんぜんほしょー」のため、頑張っているわけです。

今のご時世、ホントの安全保障は経済と不可分で、
国と国とで、経済関係を、どううまく相互補償の関係に持っていくかがカギになっていると、
私自身は思うのですが、どうでしょう?
日本なら、それができると思うのですが。

中国の船が排他的経済水域に入っただのどうだの、そんなことで国は滅びませんが、
「あんぜんほしょー」で、間違った手続きで軍が動くのを許す国や政府のほうが、よっぽど危ないです。

「安全保障」でアメリカと対等に協力できるというのなら、
それを正当な手続きで行うのに異論はありませんが、
「あんぜんほしょー」を理由に、日本がオミソにされることを顧みずに協力するのはやめた方がいい、
と、思うわけですね、実際。

中曽根元首相「テロ特措法できなければ退陣」(産経新聞)
中曽根氏はその上で、自民、民主両党の大連立構想に触れ、「テロ特措法は大連立に持っていくよいチャンスだ。・・・
大連立構想を提起した渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役会長も同席。「野党を含め、政治家には賛成論のほうが多い。大連立ができる可能性はかなりある」と述べた。

政治家、評論家の中には、今の政治情勢を幕末にたとえる人がいますが、
大政奉還は、次の立憲君主主義に向けて、江戸幕府が一大名に戻って、
(議会になっても、規模では最大勢力になるので)実権を握るための策だったそうです。
つまり、大連立にしようと思っていたわけです。
そこを、討幕派が武力クーデターによって、議会の席まで、はぎ取る形にしたわけです。

負けつつある方が、起死回生の大連立を構想するのは、本当に負けているのかもしれない。

小沢氏も過去に一度失敗しているので、今回大連立はあり得ないという、見方が合っていると思います。
むしろ、大連立構想は、野党に対する揺さぶりですね。
なぜ、ナベツネまで言うのかはおいといて・・・。


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