ことごとく、常識を打ち破る人ですね。
まさに、現代日本の象徴的な在り方です(悪い方の・・・)。
罰則がなければ、他の迷惑を顧みないというのは、誰かに似ていませんか。
これが「戦後レジュームからの脱却(逸脱)」になるわけですね。
安倍さんの個人攻撃ではないんですが、
彼の考え方や、在り方が、本人の意志に関わりなく、
象徴的な表現としての役割を負ってしまうんですね。
だからこのブログでは、「安倍さん」という、括弧付きの表現も使いました。
つまり、御輿として担がれるような人は、
担ぎ手の考え方、在り方が、反映されたものになってしまう、
反映されたものでなければ、担ぎ手は見向きもしないし、担ごうと思わない。
それが総理という御輿だと、やっぱり日本社会全体の反映的な意味を持つことになる。
もし、国民が違う形を望んでいたら、福田さんという御輿だったかもしれませんし、
麻生さん、谷垣さん、または、他の誰かだったかもしれません。
たとえば、今までの世の中の流れで、
経団連の御手洗さんのような考え方の人を担ぐ人がいて、
御手洗さんは、また、そういう考え方の人を担いで、
その連鎖が、象徴的な御輿を選んでいくわけです。
その渦中にあって、人として、疲れないでいられるはずもなく、
安倍さんが情けなく見えて、ふてぶてしく見えないのは、
御輿としての役割を担うための器が、小さかったというだけのことかもしれません。
ふてぶてしいくらいの方が、まだ、よかったんですがね。
象徴ですから、悪役がいてもいいんですが、
良いも悪いも、強くないと勤まらない仕事ですね。
でも人はそんなに強くなれない。
あの田中角栄さんも、巻き込まれたあとで、
大変な思いをされたと思います。
社会というものは結構怖い。
だから無責任に、人に強くなれ、なんて言えない。
人は弱いものだというところから自覚していかないと・・・。
その上で、社会システムを作っていくことが肝心でしょう。
人は間違えるもの。
だから、「強い」と思っている人には、気がついて欲しいと思うわけです。
御手洗さんにも、気がついて欲しいな。
思いつくままに書きましたが、
まあ、このブログでなにを書いても新しい情報があるわけでもなし、
このくらいで止めますね。
安倍さん やめる
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